FC2ブログ

徒然のブログ

つれづれの思いなどを

春夏秋冬の変わり目の気持ち

 夏が終わるときは、もの悲しい。
 秋が終わって冬が始まるときは、これから厳しい寒さが来るぞと身を構えるから悲しいなどといっていられない。何かに怒りをおぼえている。
 冬が終わるのは春が始まることだから、うきうきして、うれしいだけだ。梅や桜が咲いて、散れば、もの狂おしい。
 春が終わるのは、夏が始まるのではなくて、梅雨が始まることで、それはいつのまにかあたたかい雨が降っている。それは悲しくもない。
 梅雨が明けて夏が始まったら、暑くて暑くて夏なんて嫌いだと思うのだけれど、いつのまにか日が短くなっていて、涼しくなってきたとたんに、秋はもの悲しくなる。

コメント

四季のある国に生まれたありがたさ

以前ダガシさんのブログを拝読させて頂き、レスをして頂いたはりーという者です。

時折考えさせられながら、楽しく読ませてもらっています。
四季折々に多彩な、移ろいやすい自然のかおを見せされる度に
もうそんな季節なのか・・・と時の早さに戸惑うばかりです。

特に今年の夏は酷暑、炎暑以上の異常気象でしたね。
余りに極端な寒暖の気温差はこたえますが、それでもこの日本という
な国に生まれてつくづく良かったと思います。
春の散り行く桜の花びらをみては、儚いと思う民族は世界中で
日本人位だろう、とニュースかものの本で言っていました。

だからこそ歴史ある美しいこの国の自然を次の世代へ渡せるように
する事が、私たちがやらねばならない宿題なんでしょうね。
被災地の復興や福島原発の問題すら、未だ何も解決していませんが・・・

地球とか自然というものへの畏れ

はりーさん
 今年の新潟市は日本の他の地方と逆で、十年ぶりくらいに猛暑ではない夏でした。
 私がエアコンをつけたのは、眠るまぎわの一時間を四、五日だけですみました。

 東北の太平洋側の被災地の復興ですが、私は必要以上に復興する必要はないと思います。税金でするわけですし、津波は何十年に一回は来るのですから。そういう場所に住むのは自己責任だと思います。私は骨の髄までの自己責任論者ですし、なにごとも受益者負担が原則だと思っていますので。

 フクシマは、あの原発事故のときは私は半年もたてば復旧するだろうなどと思っていたのですが、そうではなかったでした。
 もう半永久的にフクシマが元に戻ることはないと思います。強い放射能がじゅくじゅくと出続けているのですから。だから近づけないのですから。

 できるだけ地球に人間が安全に住める時間を長くするようにすることは、自然の一部としての人間としての、自分の種に対しての、種としての自分の責任だと思います。
 私はオカルトや信仰というのは無責任につながるので大嫌いですが(自己責任とは対極になるものですから)、地球とか自然というものへの畏れみたいなものは感じていて、大切にしたいと思っています。

  • 2013/09/28(土) 19:52:22 |
  • URL |
  • ダガシ #-
  • [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

<<