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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

56歳でまた生まれ変わって悟ったことは自分ができることしかやらないということ

 昨日2018年9月24日(月)秋分の日の次の日、私は生まれ変わった。
 人と争って、また人間の醜さを思い知った。
 そうして人を変わらせることはできないのだと思い知った。人は変わらないのだ。なぜなら人は頭が悪いから、そのまま変わらずに生きていくしかないのだ。変われる人は、一千万人に一人くらいなのだ。変わらせようとしても無駄なのだ。無駄なことをしていたら、自分がつぶれてしまう。
 人を変わらせようと思っていた私が、変わらなければ私がつぶれてしまうのだ。
 だから私が変わろうと思った。
 変わるためには、自分の考えを変えなければならない。
 自分の考えを変えるためには、自分が生まれ変わらなければならない。
 生まれ変わるためには、いったん死んで、新しい人間にならなければならない。
 だからいったん死のうと思った。
 死んだことがないから、死ぬことを稽古しながら精神的に死ぬことをくり返した。
 苦しかった。心が苦しかった。何もかもいやだった。
 自分の周りなどなくなってしまえばいいと思った。でもそれも自分の自分勝手な思いだと思って、さらに何もかもいやになった。
 いやになって、いやになって、何が何だかわからなくなって、目をつぶって震えていた。
 そうしていたら、運よく死ねたようだった。
 その後は産まれることだ。
 産まれることも時間がかかって、苦しいだろう。

 産みの苦しみというが、心の苦しみが体に回って、頭の後ろ側の両脇が痛くて痛くて、四時間も七転八倒した。
 本を読んでも、インターネットをしてもおもしろくなくて、一分ももたずに本を閉じて、ブラウザーを閉じた。そしてそれをくり返した。
 苦しんでいるあいだに、自分は新しい自分になるために、いったん死んで、生まれるんだ、と思いながら苦しんだ。

 そのときラジオで聞いていたテレフォン人生相談で、いいアドバイスがあった。
 無責任な人間のズルイ人間のために何かをすると、自分がつぶされてしまう。ズルイ人間は一番弱い人に責任をかぶせるから、あなたがつぶされてしまう。あなたがつぶされてしまうと、仲間のためにもよくないから、あなたは自分ができることだけやればいい、というか自分ができることだけやらなければ自分がつぶされてしまうから、自分ができることだけやらなければならない。

 社会のために自分を投げ出すことをしていたら、自分がつぶされてしまう。昨日、自分がつぶされてしまいそうなことになったから、そういう生き方をやめたいと思ったのだ。
 社会は、無責任でズルイ人間ばかりだと思い知った。長いものに巻かれる人間ばかりだ。それは権力側の人間も、その腰ぎんちゃくも、ズルイ人間ばかりだった。いや、ふつうにそこらへんに生きている人たちもそうだった。それを思い知った。
 私の見方はいなかった。私は一ぼっちで責任を負わせられた。

 もう私は私ができることしかやらない。
 そう決めたら、気が楽になったのだ。今朝、気持ちよく目覚められた。いつも死にたいと思っていたけれど、そう思うことがすくなくなった。自分が勝手に背負っていた責任が減ったからだろう。

 そうして今日、外で初めて会った人との会話は気持ちよくできた。
 今日、一人で、自分の葬式と、自分の誕生祝いをした。
 これから一週間くらいで、私に新しい名前をつけようと思う。

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