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徒然のブログ

つれづれの思いなどを

『あの頃』 武田百合子を読んだ

 まだ読んでいない武田百合子の本を偶然見つけた。『あの頃』という本だ。去年の春に出ていた。知らなかった。
 単行本に載せなかった文章を集めたものだ。だからなのか、武田百合子の文体の味わいが薄い。何だか下手な文だ。だから単行本に載せなかったのだろうと思いながら読んだ。
 あとがきで、この本の編者の、娘の武田花さんが書いているが、「母は雑誌等に書いた随筆を本にする際は、必ず細かく手を入れておりました。そうしなければ本にまとめたくないと、日ごろ、私にも言っていたからです」と。
 とういことは、武田百合子の本の文章は、雑誌に載せた後でも、また何度も書き直した文体だったのだ。だから私は、何回も読みたい武田百合子の文体なのだと思った。天才だって、すごい努力をしているんだと思った。
 武田百合子は遺言で、自分が死んだ後は、自分が書いたものはすべて焼いてくれと娘に言っていたそうで、花さんが言われたとおりそうしたとエッセイで書いているが、武田百合子という人は完璧主義者なのだろう。エエカッコシイでもあるだろう。そうして芸術家なのだろう。

『あの頃』の中に、何の本かは忘れたけれど、前に読んだことがある文章があった。
「……うふふ。うふふ。死ぬ練習。……すぐなおる」
 夫の武田泰淳と花見に行って、ベンチで突然夫がもたれかかってきたときの泰淳の言葉だ。
 前に初めて読んだときは、武田泰淳という人は斬新なことを言うものだなあと驚いた。その時はただ単にふざけて言ったのだと思っていたけれど、本当に眩暈をおこして、それも死ぬ病気のために意識を失ったのだろう。花見に行った半年後の秋に入院して、半月後に死んだのだから。
 別の何かで読んだが、武田泰淳が死んだとき、遺言で、自分の死に顔は妻の百合子と娘の花だけにしか見せるなということで、親友の葬儀委員長の竹内好も、自分も見ていないと葬式で言ったそうだ。
 それはもしかして武田百合子がつくった嘘の遺言なのかもしれない、とどうしてか思った。夫の最後を、自分だけのものにしたかったのかもしれない、などと思った。

『あの頃』は、武田百合子にしては下手な文章だと思って読んでいたが、やっぱり読み終わるときには泣いてしまっていた。前に読んだ武田百合子の本で、百合子が飼っていた犬が死んだことを読んだときも泣いたし、猫が死んだのを読んだときも涙が出たが、今度は武田百合子がもういないのだとよくわかってしまって、また涙が出た。

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